キャリアログインタビューシリーズ あのエンジニアのキャリアがしりたい!

Interview第1回

増田流ソーシャル・チェンジ論【前編】
エンジニアの成長を促す“職人モデル”の本質とは

増田 亨 会員登録して、キャリアログを見よう。

年齢59

事業アプリケーションアーキテクト

1980年、東京大学文学部を卒業後、富士通に入社。管理系の部署に配属されるが、コンピュータやソフトウェアの開発に従事すべく退職。電子会議システム販社やコンサルティング会社などを経て、2000年にEC開発会社の社長に就任。2003年に個人事務所を設立。さまざまなプロジェクトに携わるなかで、当時会社員だった市谷聡啓(現・ギルドワークス代表)と出会って意気投合。2014年、ギルドワークス取締役に就任し、現在に至る。

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市谷

自分のキャリアをどう形成していけばいいのか、多くのエンジニアが思い悩んでいます。増田さんはこれからのエンジニアのキャリアをどのように見ていますか?

増田

最近のエンジニアは生き生きとものづくりに取り組めているのかな。特に事業会社に勤めている人たちは多様な経験を積むことは出来ても、エンジニアとしてのスキルを伸ばす機会や腕を上げる機会は減っているんじゃないかと思う。
腕がいい人たちは独立して高給取りのコンサルタントになったり雇われアーキテクトになったり、リアルにものを作る職種ではなくなることが多い。ものづくりに携わる人たちがもっと生き生きと社会の役に立てる、そんな世の中にしたいよね。

市谷

そういう世の中を作るために、何が必要でしょうか?

増田

技能に見合った対価と出来高払い、この2つが当たり前になれば、社会は変わると思う。昔の職人はそうだったんだよ。一人前の職人として認められるまでは大変だけれど、その域に達したら、技能に見合った対価を得ることができ、地道に働けば安心して食べていくことができた。その先の報酬は出来高払いで、技術を磨いて稼いでもいいし、手際よく量産してもいいし、そこは職人自身が選ぶことができた。このモデルのポイントは、一人前と呼ばれる技能の最低水準が結構高いということ。
だからこそ、一定以上の技能に対して適正な対価が支払われるし、その先の出来高払いも仕組みとして成立する。

市谷

なるほど。IT業界でそれを実現するには何を持って一人前の技能と認めるのか、評価指標が必要ですよね。それは量なのか質なのか。書いたコードの量が多ければいいというわけではないですよね。

増田

単なる量では評価できないよね。特にソフトウェアは何かしらのブレークスルーが必要だと思う。オブジェクト指向にはその可能性を感じている。質の高いクラスをどれだけ作れたか、質と量で評価できる仕組みが可能なんじゃないかと。とはいえ、いずれの場合も、買い手が技術を分かっていないと、適正な対価を支払うことは難しいだろうね。漆職人の世界では問屋が目利きの役目を果たすんだよ。素人目には同じでも「この漆器は職人の作品」「これは手抜きをした安物」という見極めができたし、それができなければ問屋業は成立しなかっただろうね。

市谷

この業界でも作り手であるエンジニアと、売り手である営業販売の切り離しがどこかで必要になるのかな。後者は目利きの役割になっていく。

増田

もう一つは、職人が店を持ち、作って売るという選択肢もあるね。いまの社会は19世紀中盤から広がった大量工業生産モデルで成り立っているけれど、それ以前は職人モデルで、手仕事の品質と効率で世界が成り立っていた。この先の未来は今の大量生産主義の延長線上とは限らない。僕はかつての手仕事を基本にした世界にもう一度、流れが変わっていくのではないかと思っている。200年かけて築き上げた大量工業生産モデルが、もう200年かけて職人モデルが基本になった世界に変わっていく。

市谷

価値観が大きく変わる、革命のようですね。

増田

まさにこれがケント・ベックのいう「ソーシャル・チェンジ」なんだよ。この業界は50年前からフェーズもタスクも切り分けて分業するウォーターフォール型を推進してきたけれど、これからの50年間をかけて変えていくことになるんじゃないかな。「それがXP(エクストリーム・プログラミング)のソーシャル・チェンジなんだ」と、ケント・ベックは言っているよね。実は、2000年ころにXPを知ったときは「全然ダメ。こんなものは使えない」と思った。いま振り返っても、当時の開発環境ではどうにもならないと思う。でも、いまやコンピュータやネットワーク環境などが進化し、コードをどんどん書いて、どんどん直す方がコストパフォーマンスに優れるようになったでしょう。それで「オブジェクト指向やXPはソーシャル・チェンジなんだ」と、本気で思うようになったんだよね。

市谷

確かにハードも、ソフトウェアやツールも進歩しましたし、フレームワークも発達してきました。
人についてはどうでしょうか。エンジニアは変わりましたか?

増田

僕自身は変わった。昔は自分が良いモノを作れればいいと思っていたけれど、最近はみんなで良いモノを作りたいと思うようになった。理由は明白。体力が落ちてきたから(笑)。ピーク時にはエンジニア3~4人分の仕事をこなせたと思う。でも、いまは頭のなかで仕上がりイメージを描いても、身体がついてこないんだよね。勝手な言い方かもしれないけれど、そのイメージをみんなで一緒に具現化していきたいと思っている。

市谷

それを実現するために、解決すべき課題があれば教えてください。

増田

いまエンジニアに必要なのは動機づけだと思う。技能に見合った対価と出来高払いからなる職人モデルは、職人が一定の品質の仕事が出来てこそ成立するんだけど、いまのIT業界はそうなっていない。大した技能がなくても、そこそこ食べていけちゃう。だから、本気で腕を磨こうと思わなくなる。個人的に勉強しているエンジニアもたくさんいるけれど、それはあくまで個人の話であって、職業としての動機づけではない。職人さんはよく「自分はまだまだです」「一生勉強です」と言うでしょう。これ、ソフトウェア技術者が「勉強しています」というときの勉強とはちょっとニュアンスが違うよね。自分の仕事を突き詰めて、高みを目指し続けることが職業として当たり前なんだと、そういう雰囲気がいまのIT業界にはないんだよ。

市谷

なるほど。自分の満足のために勉強するとか、流行りモノだからとりあえず学んでおこうとか、そういう姿勢とは一線を画しますね。職人の場合は、自分の職業としての役割を果たすために学び続けているのかもしれません。

増田

ソフトウェア技術者にもそういった職人気質が必要だと思っているんだけど、これはエンジニアだけの問題ではない。買い手が品質を見極められないから、一定のレベルに達していないものにもお金を支払っちゃう。その意味では皮製品と似ているかもしれないね。職人の手になるこだわりの革靴は手入れをしながら長く使うことができるけれど、購入時の金額は高い。モノによっては何十万円もする。その反対に、質にこだわらなければ1万円以下でも革靴は買えてしまう。すぐにダメになるけどね。どちらの靴が良いかという議論ではなく、まったく違うコンセプトの製品が同じジャンルで扱われることが問題なんだと思う。

市谷

増田さんがそこまで職人論を語る理由が知りたくなりました。職人に興味を持つきっかけがあったんですか?

増田

小学校1年生のころだったかな。僕の田舎で最後の名人と呼ばれていた大工の宮坂さんが、我が家を建ててくれることになったんだ。世間には電動工具が出回り、昔ながらの手仕事がすたれ始め、宮坂さんも引退しようとしていたところを、オヤジが「もう一軒だけ建てて!」と口説いたらしい。当時は高度経済成長期だったから、周囲にも新築住宅が多くてね。よその家を建てている大工さんがこぞって、宮坂さんの仕事ぶりを見に来るんだよ。それがカッコいいなあと、子ども心に憧れた。

市谷

同業者からもリスペクトされているって、すごいですね。

増田

そう、宮坂さんのこだわりぶりはすごいんだよ。届いた木材をジーッと何時間も眺めて「これは使えませんわ」とポソッと言って、新しい木材を買いに行って、それだけで1日が終わったことがある(笑)。これではどんなに腕が良くても食べていかれないよね。でも、そんな宮坂さんの職人ぶりは僕に強烈なインパクトを残した。いいものを作るとはどういうことか、ものづくりの原体験と言ってもいい。

市谷

大工さんの手仕事は大手住宅メーカーによる安価な大量生産手法によって奪われましたよね。これからソーシャル・チェンジによって職人モデルが成立するようになると、大量工業生産モデルのビジネスはどうなっていくのだろう。

増田

両者はそもそも対立する概念ではないから、同居すると思う。ただし、今後、エネルギー価格が高騰すれば、大量工業生産モデルは成立しない。そもそも工場で集中的に生産し、それを遠くに運んで分配するのはエネルギー効率が良くないから。今すぐに変化はなくても、200年の歳月をかけてゆっくりと元に戻るんじゃないかな。こういうことを真面目に研究している人たちがいて、彼らが出した『第二の産業分水嶺』という書籍はなかなか興味深い。いま先進国はどこも経済成長が止まっているよね。背景には20世紀をけん引してきた米国式の大量工業生産モデルの行き詰まりがあると思う。この現状に対して、ピケティは格差是正を訴えているけれど、『第二の産業分水量』ではクラフト的生産体制の価値を説いている。つまり、職人モデルだね。いま我々はピケティ的世界観か、クラフト的世界観か、どちらに進むのか分岐点にいるのかもしれない。

市谷

壮大なスケールの話になってきましたね!

増田

僕だけでこの社会を変えられるとは思っていないし、期待している人には申し訳ないけれど、正直言ってソーシャル・チェンジや職人モデルによってエンジニアの社会的地位が向上するバラ色の世界になるとも思っていない。でも、本気で腕を磨きたいエンジニアのうちの何人かは僕の見ている方向にシンパシーを感じてくれるはず。僕の周りでは小さいけど、確実に変化の波が起こりつつある。こういう変化が少しずつ集まりながら200年の間違った道が、これから少しずつ正されていくんじゃないかな。

オフィスを出て、先輩の話を聞きに行こう。 〜キャリアログ・ミートアップ〜

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